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後藤真希 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション, 検索 この項目は現在進行中の事象を扱っておりますが、ウィキペディアはニュース速報ではありません。性急な編集をせず事実を確認し、正確な記述を心がけてください。またウィキニュースへの投稿も検討してみてください。なお、この内容は不特定多数のボランティアにより自由に編集されていることを踏まえ、自身の安全利害に関わる情報は自己責任でご判断ください。 後藤真希 基本情報 出生名 後藤真希 別名 ゴマキ・ごっちん 出生日 1985年9月23日(22歳) 血液型 O型 学歴 日出高等学校中退 出身地 日本 東京都江戸川区 ジャンル J-POP 職業 歌手 活動期間 1999年 - レーベル PICCOLO TOWN 事務所 アップフロントエージェンシー 共同作業者 つんく♂ 表・話・編・歴 後藤 真希(ごとう まき、1985年9月23日 - )は、日本のアイドル歌手、女優である。元ハロー!プロジェクトの一員で、元モーニング娘。のメンバー。日出女子学園高等学校中退(普通科中退→通信制編入→中退)。所属事務所はアップフロントエージェンシー。東京都江戸川区出身。血液型はO型。身長は158.8cm(本人談)。通称ゴマキ、愛称はごっちん、ごっつぁん、ごまちゃん。
目次 [非表示] 1 人物、エピソード 2 略歴 3 紅白との数奇な縁 4 音楽 4.1 シングル 4.2 オリジナルアルバム 4.3 ベストアルバム 4.4 韓国発売CD 4.5 その他CD 4.6 DVD/VHS(コンサート) 4.7 DVD/VHS(シングル) 4.8 DVD(PV集) 5 出演 5.1 テレビドラマ 5.2 ラジオ 5.3 インターネット 5.4 CM 5.5 映画 5.6 ミュージカル・舞台 5.7 コンサート 5.8 イベント 5.9 DVD/VHS(テレビ、映画、ミュージカル他) 6 書籍 6.1 写真集 6.1.1 ライブ写真集ほか 6.2 アーティストブック 7 所属ユニット 8 脚注 9 関連項目 10 外部リンク
[編集] 人物、エピソード この節に雑多な内容が羅列されているので、本文として組み入れるか整理・除去する必要があります。このタグは2008年1月に貼付されました。
ハロー!プロジェクトメンバーの中でも「スタイルが良い」と評されることが多く、写真集等のグラビア媒体でも活躍している。20歳を過ぎてからはセクシー路線を打ち出している。 モーニング娘。加入当時は金髪だったが、本人いわく「学校が夏休みだったから金髪に染めた」と言う(これに関しては当時、母親にこっぴどく叱られたらしい)。その後、グループ黄金期の中心格メンバーとなったこともあり、象徴色として金色(ゴールド)が使われていた(#アルバム・#コンサートのタイトルを参照。ただし後述の「可愛らしい一面」を大事に考えるファンからは支持されない場合がある)。 モーニング娘。に加入した当初、「教育係」として市井紗耶香が就いた。ちなみに、これが初の「教育係」であった。翌年の次の新メンバー加入時には一人一人に教育係が就くことになり、後藤は早くも加護亜依の教育係に指名された。 歌う時のマイクの持ち方が特徴的で、ほとんどの場合、左手の小指をマイクに沿わせ、平行に伸ばして持つ。松浦亜弥によれば、ごまっとうでこの持ち方に合わせる事になったため、苦労したとの事。ちなみに、田中れいなも同じ持ち方をしている。 マスコミや一般人から「ゴマキ」と呼ばれることが多いが、かつて後藤久美子が「ゴクミ」と呼ばれることを快く思っていなかったのと同じく、後藤本人も「ごっちん」「ごっつぁん」と呼んで欲しいと語っており、ファンも「ゴクミ」をもじって造られた呼称である「ゴマキ」とは呼ばない。ただ、後藤本人や事務所の意向をかなり尊重しているものの、ハロー!モーニング。のキャラクターで「ゴマキペンギン」「ゴマキスズメ」の様に使われることがある。なお、本人は自分のことを「後藤」と言う。 ハロー!プロジェクトの中でもトップクラスの運動神経の良さを持ち、ハロー!モーニング。での運動神経テストではパーフェクトの数値を記録したことがある。 腕相撲は辻希美と1・2位を争う強さを誇り、矢口真里が両腕でやっても勝てないほどである。ライブ等でも筋肉質の鍛えられた肢体を披露しているが、本人はむしろ女性らしい体型を望んでおり、筋肉がつくことを嫌がっている。 デビュー時の印象や外見から、クールで大人っぽいという一般的なイメージがあるが、それとは裏腹に、無邪気な言動や料理やお菓子作りが趣味というかわいらしい一面がインタビューやラジオ番組などで明らかにされている。その反面、勝気な性格であり純粋な「江戸っ子」である。 他にメジャーな愛称があるハロー!プロジェクトのメンバーを独特の愛称で呼ぶ傾向がある。例えば、松浦亜弥(「あやや」)を「まっつー」(この愛称は、安倍なつみも使用していることから、「後浦なつみ」内での共通の愛称であると推察される。)、吉澤ひとみ(「よっすぃ〜」)を「よし子」、新垣里沙(「豆」「ガキさん」)を「ニイニイ」、道重さゆみ(「さゆ」「しげさん」)を「ミッチー」と呼んだりしている。 ソロデビュー曲『愛のバカやろう』によって、それまで渡辺満里奈が持っていた15歳11ヶ月を抜きオリコン初登場1位最年少記録(15歳6ヶ月)保持者となった。 オリコンシングルランキングにおいて、名義違いでの1位獲得数が最多の一人である。5名義はモーニング娘。、プッチモニ、後藤真希、ごまっとう、DEF.DIVA。(もう一人は、堂本剛です。) 視力は両眼とも2.0。カラーコンタクトを着用しているのはオシャレのため。 アナゴのにぎりが苦手。とんねるずのみなさんのおかげでしたの食わず嫌い王決定戦に出演した際に判明した。 グリーンイグアナを3匹飼っている(ただし、2007年2月現在は家族に子供がいるため預けている)。名前はパパ(雄)、ママ(雌)、アベちゃん(雄)。アベちゃんはうたばんの企画でプレゼントされた、後藤真希と同じくらいの全長のグリーンイグアナで、名前は番組プロデューサーの阿部龍二郎から。散歩に連れて行ったり、テレビ番組やコンサートでイグアナのかわいさを熱弁したりするイグアナ好きだが、イグアナ以外の爬虫類は特に好きではなく、ヘビなどは苦手。 某車雑誌のインタビューで、好きな車に日産・エルグランドをあげていた。 実家は元居酒屋(現在は閉店している)。 家族構成は、母、二人の姉と弟。父は幼少時に他界している。 毛深い男性が嫌い。
[編集] 略歴 1999年 8月 - モーニング娘。第2回追加オーディションに合格してモーニング娘。第3期メンバーになる。 本来2人追加される予定だった(1999年9月9日に9人になると発表された)が、つんく♂曰く「10年に1人の逸材」「才能が飛び抜けていた」と言う理由で後藤1人が合格した。 9月 - 加入直後にリリースされたシングル「LOVEマシーン」で、いきなりグループのセンターポジションを担当。 11月 - 保田圭・市井紗耶香と3人でグループ内ユニット「プッチモニ」としてもデビュー。シングル「ちょこっとLOVE」は110万枚の売上げを記録。 2000年 4月 - テレビ東京系列にて「ハロー!モーニング。」スタート。初代司会者に就任。 2001年 3月 - シングル「愛のバカやろう」でソロデビュー。オリコン初登場1位。 7〜9月 - 連続テレビドラマ初出演「マリア」(TBS系)で、4姉妹の末っ子の役を担当。 2002年 9月23日 - 17歳の誕生日にモーニング娘。を卒業。前日の9月22日にはテレビ東京系列にて「生中継!後藤真希・モーニング娘。卒業!ファイナルステージ」という特別番組が組まれた。中山秀征・中澤裕子の2人を司会に据え、更に夏まゆみ・市井紗耶香の2人をゲストに迎えて13人での最後のテレビ出演を無観客状態の横浜アリーナから生中継で行なった。 11月 - 松浦亜弥・藤本美貴とユニット「ごまっとう」を結成。シングル「Shall We Love?」をリリース。 2003年 ミュージカル「けん&メリーのメリケン粉オンステージ!」、映画「青春ばかちん料理塾」でそれぞれ初主演。 12月31日 - ソロとして「第54回NHK紅白歌合戦」初出場。 2004年 10月 - 安倍なつみ、松浦亜弥と、ユニット「後浦なつみ」を結成。シングル「恋愛戦隊シツレンジャー」をリリース。 10月、12月 - テレビ朝日の音楽特番で特捜戦隊デカレンジャーとの夢の競演を安倍なつみと松浦亜弥とで果たす。 12月31日 - 「後藤真希&松浦亜弥」として「第55回NHK紅白歌合戦」に出場。2回連続の出場を果たす。 2005年 大河ドラマ「義経」出演(能子役)。 1月10日 - 「110番の日」、警視庁にて一日通信指令センター長を務める。110番通報を受けるデモンストレーションを行う。 10月 - 安倍なつみ、松浦亜弥、石川梨華と共に「DEF.DIVA」を結成、シングル「好きすぎて バカみたい」を発売。オリコン初登場1位(5つの名義での首位獲得を達成)。しかし、このユニット名で「義経」の裏番組「歌笑HOTヒット10」に出演した。 12月31日 - 「DEF.DIVA」及び「モーニング娘。ドリームチーム」として3回連続のNHK紅白歌合戦出場。 2006年 2月 - 急性腸炎を発症し、舞台「ハロ☆プロ オンステージ!」(2月15〜19日)を降板して休養。同21日に復帰。 6月 - 「後藤真希シークレットライブ」(シングル「ガラスのパンプス」購入者特典イベント)において、初めてライブハウスでのソロライブを行なった。 9月 - 韓国で現地のファン1200人とイベントを行なった。併せて韓国で発売するベストアルバムのプロモーション活動を実施。 11月 - 韓国で自身初の海外ライブを行なった。 12月 - SanDisk(デジタルオーディオプレーヤーSansa、フラッシュメモリ製品)のイメージキャラクターに起用された。 2007年 1月24日 - モーニング娘。結成10周年を記念するユニット「モーニング娘。誕生10年記念隊」に3期メンバーとして参加、シングル『僕らが生きる MY ASIA』をリリース。 3月13日 - 北京で行われた「日中スーパーライブ」(日中国交正常化35周年を記念する「日中文化・スポーツ交流年」の開幕イベント)に参加した。 4月11日 - 総理大臣官邸で行われた中国の温家宝首相来日の歓迎夕食会に参加し、温家宝首相や安倍晋三首相の前で『僕らが生きる MY ASIA』をソロで披露した。 4月24日〜4月30日 - 劇団シニアグラフィティの舞台「昭和歌謡シアター 横須賀ストーリー」で初座長を務める。 10月28日 - 弟で元EE JUMPのユウキこと後藤祐樹が強盗傷害の容疑で逮捕され、メンバーに迷惑をかけることや方向性の違いを理由としてハロー!プロジェクトからの卒業を発表。今後もソロ活動は続けるとのこと。 12月11日 - ブログを閉鎖する。 12月21日 - 仕事の入っていない現状を、一部で「弟の判決が出るまで休業」と報じられるが[1]、これに対し事務所側から「卒業後の活動方針の模索中であり、謹慎でも休業でもない」とする全面否定の旨の説明があった[2]。 2008年 3月25日 - ブログを再開した。
[編集] 紅白との数奇な縁 1999年 - 2001年 デビュー以来、モーニング娘。として『NHK紅白歌合戦』(以下『紅白』)に連続出場した。 2002年 9月23日の誕生日を期にモーニング娘。を「卒業」した後、ソロ第1弾として予定されていたシングルリリース予定をキャンセルして「ごまっとう」を急遽結成、「Shall We LOVE?」をリリース。これは俗に「紅白出場必勝体勢」と噂された。しかし結局、ハロープロジェクトとしては、藤本美貴がソロとして、モーニング娘。・松浦亜弥とともに紅白初出場となり、この年は出場を逃す結果となった。 2003年 「後藤真希」名義での初出場。ただし、オリジナル曲ではなく杏里の往年のヒット曲「オリビアを聴きながら」を歌う。この曲選択はモーニング娘。のオーディションで歌った曲ということで「本人の意向」とされている。後に、ベストアルバム「後藤真希プレミアムベスト1」にてCD化された。イントロには「LOVEマシーン」を彷彿とさせるアレンジを用い、曲中の衣装替え(黒子として安倍なつみらモーニング娘。のメンバーを従えて衣装を脱ぐパフォーマンスを行った)は、モーニング娘。からの「卒業」が暗示されていると見られる。 2004年 後浦なつみで出場決定。しかし決定直後の11月下旬になって安倍なつみの活動自粛が決定し、安倍は出演辞退、後浦なつみ名義は取り消され、「後藤真希&松浦亜弥」として出場。この時の歌は童謡と二人それぞれの持ち歌である「手を握って歩きたい」「奇跡の香りダンス。」をメドレーにして歌った。結果的に、ソロの持ち歌を初披露することとなった。事件の顛末としての話題性もあったせいか、毎分視聴率でこの年の紅白としては非常に高い数字を叩き出した。 2005年 DEF.DIVAとしての出場が決定。3回目の「初出場」となり、「紅白最多初出場」のタイ記録と言う珍記録を達成した(女性では新記録。前年の松浦とのコンビがユニットとして認定されていれば全体の新記録であった)。さらに、モーニング娘。卒業メンバーとして、総勢19人での「LOVEマシーン」に参加した。
[編集] 音楽
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